第8回の例会では、SQiP委員会運営委員長でありQuaSTom相談役もお願いしている東洋大学・野中誠さんを講師にお招きし、「ソフトウェア開発とデジタル・トランスフォーメーション(DX)」というテーマでご講演いただきました。その後グループに分かれディスカッションを行い、最後にディスカッション内容を共有するとともに講師との意見交換を行いました。
【講演概要】
●デジタイゼーション、デジタライゼーション、DXの違い、関係について
デジタイゼーション=ビジネス・プロセスを効率化する(改善、改良、修正、効率化)
デジタライゼーション=ビジネス・モデルを変革する(事業構造転換、新しい価値創出)
DX(デジタル・トランスフォーメーション)=デジタライゼーションによって人と組織に影響を与える状態
●コマツ(DXグランプリ2020に選定)のDX事例
KOMTRAX(機械情報を遠隔で確認するためのシステム)によって、お客様に使っていただいている機械の予防保守ができるようになり、競合が持つ世界規模のディーラー網という強みを無効化してしまった。
しかし、これは施工中フェーズのほんの一部を対象としているだけであり、社内的には失敗と評価。建設生産プロセスの全工程、関与する人、モノ(コト)を最新のICT有機的につなぎデジタル技術で全体最適を実現するスマートコンストラクションに取り組んでいる。
●「DX促進のための認定制度」と「デジタルガバナンス・コード」
2020年5月に「情促法の⼀部を改正する法律」が施⾏され、ビジョンの策定や戦略・体制の整備等をすでに行い、ステークホルダーとの対話を通じてデジタルガバナンスを向上していく準備が整っている事業者を「認定事業者」として認定する「DX促進のための認定制度」が開始された。そして認定基準のバックボーンとして作られたのが「デジタルガバナンス・コード」である。
※今回の講師である野中さんは、デジタルガバナンス・コードの検討委員を務めていた。
この背景にはITシステムが複雑化したことによるIT予算運用の非効率化、攻めのIT投資の不足、ITシステム障害等のトラブル増加といういわゆる「2025年の崖」と言われる課題がある。この原因はITガバナンス・マネジメントが不十分であることにあり、デジタル技術の利用に際してのガバナンス・マネジメント面の妥当性・適切性を客観的に評価することを目的として「デジタルガバナンス・コード」が策定された。
●「DX推進指標」
自社のDXの取組の現状や、あるべき姿と現状とのギャップ、あるべき姿に向けた対応策について認識を共有し、必要なアクションをとっていくための自己診断ツールであり、「デジタルガバナンス・コード」をより詳細化したものと位置づけられるもの。
指標には、①DX推進のための経営のあり方、仕組みに関する指標、②DXを実現する上で基盤となるITシステムの構築に関する指標が定められている。
定性指標については、成熟度をレベル0(着手、経営者は無関心か、関心があっても具体的な取組に至っていない)からレベル5(デジタル企業として、グローバル競争を勝ち抜くことのできるレベル)の6段階で自己診断し、定量指標は自社に合った指標を定義する。
IPAから2020年度に約300社の自己診断データを分析した「DX推進指標 ⾃⼰診断結果 分析レポート」が出されている。このレポートによれば、多くの企業ではDXの取り組みがまだ緒についたばかりといえる。野中さんの分析では、DX推進指標における「バリューチェーンワイド」成熟度の⾼い企業の特徴を見ると、ビジョン共有と人材融合が鍵であるとのことであった。
●ソフトウェア開発のDX推進について
まず、Vialの論文を参考に野中さんが日本語化したDXに関わるメカニズムが紹介された。それによれば、「ディスラプション(競争環境の変化、新たなデータの利用、消費者行動の変化)」に対し「戦略的な対応(デジタルビジネス戦略)」を検討し「デジタル技術」を活用した具体的施策によりディスラプションを克服するサイクルがある。
実は、従来型ソフトウェア開発でもDevOpsというディスラプションが起こっている。DevOpsによって、例えばAdidasはデリバリーサイクルが6週間から5回/⽇に改善されており、Starbucksもサイクルタイムが74%削減された。コードデリバリについは、Amazonが11.7秒に1回、Netflixも1⽇に数千回のコードデリバリが行われている。
「デジタル技術」の活用にはモバイル、IoT、プラットフォーム、エコシステムなどのほか「アナリティクス」も含まれる。「デジタル技術」を活用した具体的施策を行うことにより組織的な対応を行い、阻害要因を克服することで「バリューチェーンの変革(業務プロセス変革)」を実現するとのこと。
このDXに関わるメカニズムのうち、野中さんがメトリクスの研究をされていることもあり、「アナリティクス」に焦点を当てた事例が紹介された。自組織の状況をデータで把握し、その結果を組織内で共有することは、組織的な改善を進める上での有効な手段と言えるが、次のような例がある。
・Q-Rapids(Quality-aware rapid software development:DevOpsにおける品質データアナリティクス)
プロダクト品質、プロダクトレディネス、ブロッキング、プロセスパフォーマンスという戦略指標について、ファクター、メトリクスに落とし込んだ品質モデルがある。各メトリクスの生データについては、Jira や Redmine などのツールから⾃動的に収集されたデータを可視化し、実務者からの評価により、品質モデルの有⽤性を評価している。
・その他、CRISP-DM (CRoss-Industry Standard Process for Data Mining)、ウォーターフォールプロジェクトでは⼯程の重なりが⼀定以上⼤きいと利 益率予実差が向上しない傾向があるという経営視点からの品質データ分析事例、IPA/SECの「ソフトウェア開発データが語るメッセージ 2016」(上流⼯程を強化すると、リリース後⽋陥密度は改善する)の中からのいくつかの分析事例、成熟度レベルによって出荷後品質に影響する要因・閾値は異なることを決定木により導いた事例、⼩さなタスクを依頼した⽅がコードレビューの質は上がるという分析、20%のファイルに80%のバグが存在することを導いた事例が紹介された。
データを分析した結果を導いた事例を示す中で、期待している因果関係と現実の状況が⼀致しているとは限らないため、⾃組織の状況をデータで把握しその結果を組織内で共有することが組織的な改善を進める上での有効な⼿段であることを強調された。
また、「精密に誤るよりも、漠然と正しくありたい」というJohn Maynard Keynesの言葉を引き合いに出し、メトリクス分析が精密に誤っていないか(理論モデルの洗練だけを⽬的として現場にとって分かりにくい分析結果やモデルになっていないか、分析結果やモデルは品質向上に貢献するか)、漠然と正しい情報が得られているか(意思決定の役に⽴つレベルの精度、正しい報告間の情報が得られているか)をいつも念頭に置いて分析すべきだとおっしゃった。
最後に、野中さんが座長をされたソフトウェア品質シンポジウム2019のパネルディスカッション「デジタル・トランスフォーメーション時代におけるソフトウェア開発と品質保証のあり方」のまとめとしてユーザ企業側、ベンダー企業側の両面から語られたDX時代におけるベンダー企業の目指すことが紹介された。
また、日本CTO協会による「DX Criteria」(デジタル時代の超高速な仮説検証能力を得るには企業のデジタル化と開発者体験といった「2つのDX」が必要不可欠)を紹介したうえで、システム品質への投資と組織⾵⼟・チーム⽂化の改革が⾼速な開発サイクルを導き、ソフトウェア品質保証は、開発者体験を品質面から支援する取り組みに注力する必要があることを述べられた。
【グループ討議】
講演後のグループ討議では、ソフトウェア開発の現場でDXが進める上での障壁となる要因を挙げ、ソフトウェアの開発担当/品質保証担当として、DXのスピード感に対応していくためにどのような取り組みをしていく必要があるかについて、2つのグループに分かれてディスカッションを行った。
その後の全体共有会では、グループ討議を踏まえ次のような質疑応答が講師と参加者との間でなされた。
質問:デジタルガバナンス・コードが示されたが、これまでもISO9001などで言われていたプロセス改善の方法と同じように見える。
回答:これまでとの違いは2025年の崖というディスラプションに対して何も手を打たないことにより大きな経済損失が生じている中、デジタルでどのように変えていくかに向き合うことであり、そのことに意味がある。
質問:ソフトウェア開発のメトリクス面では、スピード感をどうモニタリングするかが重要なことはわかるが、その指標を共通化できないか。
回答:マネジメントサイドは会社全体のプロジェクトを共通のメトリクスで見ることは難しく、プラクティスレベルで見るしかない。アジャイルチーム自身が目標を達成できているかを見ることが大事だ。(このような回答ではあったが、参考までに野中さんがまとめたアジャイルメトリクスの具体的な事例を共有いただいた。)
質問:経営陣からビジョンが出ないまま現場でDXを意識した改善を進めても、結果的に現場は意気消沈し改善が止まることになりがちだ。どうしたらよいか。
回答:今起きているディスラプションをトップから現場まで共有することにより危機感が共有されたらソフトウェア開発のやり方も変わってくるのではないか。
さらに最後の有志参加による懇親会では、以前「情促法の⼀部を改正する法律」に関する意見を述べるために国会の経済産業委員会に参考人として招致された時の裏話も聞かせていただくという他では体験できない贅沢な例会となりました。